平成16年1月2日(金)
元旦に続き、NT病院へ。
31日、1日とかなり具合悪そうだったが、今日は比較的良好。
そのせいか、HeartyLaddreをやると言い出す。
調達したマウス代わりのボタンを試すも、うまくいかない。
帰ろうかという頃になって、突然震え出す。
高熱が出る前兆。その後、カニューレの位置だの、ラジオだの、
ナースコールだのと注文を付け、結局面会時間いっぱいの7時までいることに。
顔は真っ赤になり、胸元も皮膚が赤くなる。
明らかに熱く、38度以上ある感じがする。
発熱は体内の毒素と戦っている印と聞く。負けないで欲しい。
頑張って欲しい。いっしょに平成16年の暮れを迎えよう。
平成16年1月12日(月)
成人の日。3連休の最終日、お袋と由佳里は家にいるように言いひとりでNTへ向かう。
親父、口から白い泡を吹いてまるでカニのようになっている。
額にはつぶつぶの汗。口中の吸引をし、額の汗を拭く。
窓を開け、団扇で扇ぐとようやく普通の顔色に。
この連休中は尿器の尿の色も色も薄く、量も出ている様子。
高熱はようやくやんだようだが、今日も体温は37度と、微熱が続く。
もっとも部屋の暑さのせいとも考えられるが。
先日よりセンサーナースコールが復帰するが、どうもうまく鳴らない様子。
手の動きがままならず何かもっとうまいスイッチがないものか。
鼻が詰まって苦しいと訴える。これは昨日もそうだった。
鼻づまりはやはり風邪の症状?また肺炎になってはたまらない。
4時にテレビで大相撲の中継を準備して帰る。
平成16年1月17日(土)
3時の約束が1時間待たされて、面談。櫻田医師。
昨年末以来の高熱の原因について、大腸菌による腸の感染症であるとのこと。
胸のレントゲン写真では肺炎は確認できず、血液検査等からこれが判明。
対応する抗生剤の投与で収束に向かっているとのこと。
年が明けてから1週間ほどで高熱は治まったようだが、腸に空気が溜まっており、動きも悪い。
唾液を飲み込む際に空気が入るらしい。今後の対応としては唾液のこまめな吸飲くらいしかなさそう。
慢性的に腸の動きは悪く、また熱を出す可能性も。
根本原因の確定などのため、内視鏡検査などは行わない。
厳しい検査をやると他のバランスが悪くなる可能性もあり、意味がないと思われる。賛成である。
大相撲を見つつ、居眠ったりしている、あまり体調がいいようには見えないが、
熱は出ていないし比較的落ち着いているようだ。
6時相撲が終わって、釣り番組にチャンネルを変えて帰る。
平成16年1月21日(水)
由佳里が休みを取って、お袋とNTへ行く。
親父はまた熱を出したよし。37度5分とか。今日も急に震えだして熱を出す。
しばらくすると治まったらしく、すましていたとか。
腸の感染症ということで、腸内に空気が溜まって膨らんでおり、そこで大腸菌が発生しているらしい。内視鏡を使って腸内を徹底的に捜索するか、たまの熱は諦めて日々過ごすか、そんなところらしい。内視鏡は負担も大きく、気乗りしない。先日医者にはそう伝えた。
それにしても、安定的な体調で過ごせないものか。
平成16年1月25日(日)
病院へ着くと、親父震えている。口をぎゅっと結びワナワナと震える。
歯の根が合わないという感じ。昨年からの特徴。しばらく後寒さは薄らぎ、今度は熱いと言い出す。そして案の定、熱を出す。38度3分。
腹が異様に膨れており、あきらかにガスが溜まっているような感じだ。
ただ、通じはあり、また聴診器で聞いても腸は動いているという。尿も出ている。
ガス抜きの処置をするも、ほとんど出てこず。
その後若い医者が診察し、夜のリキッドを中止に。様子を見るという。
午後4時半。帰ろうとすると親父首を縦に振らない。
息が苦しいと訴えるが、たぶん熱のせいだろう。やむを得ずお袋と由佳里を帰す。
タクシーで帰るように言うが、お袋聞く耳を持たない。
その後は落ち着いて眠った様子だったが、西条部長医師が診察に来る。
イレウスを起こしかけているとのこと。
熱は肺の感染症とのことだが、明日血液検査とレントゲンで確認するという。
イレウスを繰り返すのはやはり小腸か大腸に何かの原因があるのは間違いないと言われる。
おそらく癌があるのだろうと。内視鏡の検査をすべきだが、癌が見つかっても手術は出来ないとのこと。
癌であれば、いずれ大量に下血し助からないとも言う。言っていることが矛盾する。
きつい検査をして癌があっても手が打てず、癌が無くてよかったというわけにもいかない。
まずは肺炎か否かの検査をして熱を下げて欲しいものだ。
足の浮腫が酷く点滴の針を刺すのに苦労するも、どうやら開始。
6時過ぎ。そろそろ帰る旨言うと頷く。来週どこかで様子を見に来るからと言うと頷いた。
昨日届いたKK病院からの手紙に芳山先生退職の知らせがあった。
ラジカットの扱いを中止するという連絡だった。
平成16年1月27日(火)
日曜日の状態のこともあり、今日は仕事を切り上げてNTへ。
病院へ着いたのは午後6時20分頃。親父は眠ってはおらずぼうっとした様子。
顔を見せるとやや笑顔に。電車の話やらして過ごすが、幸い熱は出ていない様子。
リキッドは依然中止されており点滴を付けている。
リハビリの村上さんが、リハビリを出来ずにすぐ帰ってしまったと訴える。
明日朝電話で頼んでおくと約束。
7時まで居て帰る。
平成16年1月31日(土)
櫻田医師と面談。やはり腸管からの感染症だろうとのこと。
尿路感染も同時に疑っていると言うことだった。肺炎はなく、腸も動いており通じもあるという。
従って癌である可能性は低いということだった。病棟医師の間でも見解がやや違うらしい。
内視鏡で原因を特定すべきとの意見もあるが、本人も嫌がっており、
痛く苦しいことは避けた方がいいという意見だった。
ただ、抗生剤の効きも悪くなっており、全体的に体調は悪くなっているとのこと。
栄養状態を改善し、対応するという。
NT病院入院半年、気管切開から2年以上が経過し、衰えは避けがたい。
平成16年2月8日(日)
昨日に続きNT病院へ。入院以来週末は土日とも病院へ行っている。
KK病院入院中と違い、ショートステイではないこと、遠隔のためウィークディは行けないため、やはり体調が安定しないため、などである。
昨日もそうだったが、テレビを見せてもすぐに眠ってしまい、気力がない様子。
いままでずっと見てきたNHK教育テレビの囲碁番組も見ていられない。
眠ってばかりという感じ。一方で帰る段になると泣き顔になったりする。
元気がない。たまたま昨日今日と暖かな午後、眠かったのか、ずっとこうなのか、わからないが。上の血圧が100を下回っており、低め。午後は高いのが普通のはずだが、生命活動の衰えか。体温は6度4分。血中酸素飽和度は98。
3日火曜日は村上さんが部屋で豆まきをしてくれたそうだ。感謝。
平成16年2月22日(日)晴れのち曇り夜風雨
昨日今日と親父は安定しているよう。今日は教育テレビの碁の番組を熱心に鑑賞。
熱もなく、腸の状態も戻ったようだ。昼は700CCと従来より大量のリキッドを摂取している。足の後ろ側に水ぶくれが出来たようでガーゼが貼ってあり、当たり方で痛がるものの他に支障はない様子。が、明らかに反応が鈍く、昔のような家族への注文もない。
指の動きはごく微少で、もはや筆談は不可能だ。伝えること、を諦めてしまったのか、ボケが始まったのか。
来週にはセンサースイッチを手に入れハーティラダーを使えるようにしたい。
平成16年2月29日(日)
褥創が広がっている。足の内側がひどく水ぶくれが裂けた状態。
土曜日にはちょうど皮膚科の医師が診察に来たところで、油紙で包んで保護を。
エアマットを使用するようにする。1ヶ月ほど前から兆候はあった。
腕に原因不明の水ぶくれができるなど、していた。もっと早くにエアマットを使って貰うべきだった。
昨日は川村義肢から手に入れたピエゾニューマティックセンサースイッチを持ち込む。
エアバッグを使ったスイッチは使えそうだが、褥創の痛みで全然やる気なし。
だが、これ以外にボタンを押すことも出来ないだろう、購入することにする。
今日もあまり元気がない。それでも碁は最後まで見ていた。熱が37度8分。
ALSは褥創ができないと言われていたが、さすがに半年の寝たきり生活ではやむをえないか。
弱ってきたということかも知れない。今日で2月が終わる。
平成16年3月4日(木)
夕方から会社を出てNT病院へ向かう。
風邪が治ったら来週どこかで見に来るからと約束してずっと果たせていなかったからだ。
昨日お袋が見舞った時には眠ってばかりだったとのこと。果たして今日も眠そうだった。
熱はない様子だったが、7時前になると眠くて仕方ないといった状態。
眠るというのは、どこか体調が悪い証拠だと思う。
平成16年3月6日(土)
3時にNT病院へ。やはり親父は眠ってばかりいる。
テレビもあまり興味はなさそうで、いつも見る釣り番組も結局見なかった。
櫻田医師が診察し、早めに採血を。明日はレントゲンを撮る予定。
しかし、肺の音は悪くないとのことで、熱の原因は他にあるかも知れない。
先週末に足の内側に出来た褥創の治療を受けたが、広がってしまった傷が原因なのではないかと思う。
ただ、鼻が詰まっていたり、風邪の可能性も。風邪が肺炎に進まなければいいが。
文字盤を新しくする。盛り込みすぎたせいか、文字数も増え、探すのが困難かもしれない。
ピアゾニューマティックセンサースイッチを購入。本日借用したテスト器と入れ替える。
平成16年3月10日(水)
お袋が一人でNT病院へ行く。先週末から高熱を出しており、今日はレントゲンを撮った。
やはり肺炎ではないだろうか。看護婦が聴診器で胸の音を聞く限りでは、肺炎とも思えないようだが・・・。
高熱の原因は何?今週末に医師との面談の約束を昨日取った。
相当悪いように思えるが・・・、いよいよ・・・。
覚悟はしなくてはならないと思ってみるものの、やはりそうもいかない。
何とかこれを乗り越えてしばらく平穏に過ごしてほしい。
平成16年3月11日(木)
出先から4時頃NTへ向かう。病院到着は6時だった。
親父は昨日お袋が見舞った時と同じく、眠っていた。何をしても全く起きない。
看護婦さんが抗生剤を注射しても感じないよう。ほとんど目を開けることもなく、7時までいて帰る。
どうなってしまったのか、もう危ないんだろうか。そんな疑惑が胸をよぎる。
まるで昏睡状態のようだった。
平成16年3月13日(土)
不安な気持ちでNT病院へ向かう。
昨日もお袋が病院へ行こうとするのを止めて、待望のお見舞い。
それでも熱は出していない様子で、とはいってもまるで眠い。途中言語療法士の古清水さんが来る。最近はコンピュータもやっていないとのこと。
それは分かっていたが。古清水さんは3月一杯で退職するよし。代わりの言語療法士が来るらしい。男性とのことだったので、女性に代えてほしい旨伝える。親父もその方が嬉しいだろう。
村上さんがリハビリに来る。あんなに楽しみにさえしていたリハビリなのに、眠ってしまう。
もはや気力がないのか。悲しい気持ちで一杯になる。それでも夕方からの釣りの番組は見ていた。櫻田医師と面談。ここ2週間ほどの熱の原因は尿路感染か腸管だろうとのこと。肺炎ではなかった。
特に機能の低下著しい臓器はなく、抗生剤で快方に向かっているという。
ただALSの進行は止まらず、ついに全身に及んでいる。治療の試みを検討することに。
平成16年3月20日(土)
比較的穏やかな様子。大相撲を見せると前半戦は居眠っていたが、後半戦は熱心に観戦。
が、6時前頃舌を出して苦しそうな様子。息苦しいとの訴え。
熱は36度代で、血中酸素飽和度も91と低い。
6時から釣り番組を見て、やや治まったとのことで病院を後にする。
眠っていることが多く、生命活動が低調になってきているのか。
平成16年3月21日(日)
昨晩は結局高熱は出なかったとのこと。今日も比較的穏やか。
足の浮腫が少し取れた様子。足の指がささくれになって血が滲んでいたとのこと。
皮膚が非常に弱くなっている。抗生物質を入れる血管が無く、そけい部から入れている。
一日一回のブドウ糖を入れ、栄養改善に努めている模様。
ただ、発熱の原因が掴み切れていない様子で、抗生物質を倍量にするも状態は安定しない。
それにしても表情に乏しく、愛想のないこと。
ただ、今日は文字盤を取らせて背中が痛いなど訴えた。
平成16年3月27日(土)
風邪引きの由佳里を置いてお袋とNT病院へ。
先週水曜日は比較的元気よく、お袋のベッド脇でする話にうんうんと相槌を打ったとのこと。
期待しながら病室へ。しかし、尿器のおしっこの色は真っ赤で、熱こそ出ていないようだったが、あまり反応もなく、リハビリ村上さんが来ても半分眠ったような様子。
3月18日記載の別の医師からのインフォームドコンセント用紙が渡される。
前回の熱を出した時というからおそらく先々週の水曜日当たり、夜NTへ行った時あたりか、
血液培養の結果、大腸菌が検出されたとのこと。所謂敗血症だ。
とりあえず今回は治まったものの、安定せずちょこちょこ熱を出している。
消化管の疾患が原因で血液中に大腸菌が混じったらしく、今後とも同じ症状が起こったり
あるいはイレウスを起こしたりする可能性が高いとのことで、極めて重篤な状態だという。
いよいよ来るべき時が来てしまったのか、もう一度ALS治療のチャンスにラジカットを試そうかとも櫻田医師に相談していたが、もう何も望みがないのか。
感染症か合併症を起こすという当初の予測は結論は出ないものの大腸他の腫瘍と思われる。
ただ、このインフォームドコンセントにやや疑問点もあり、医師と早めに面談をしようと思う。
夕方から大相撲中継を見る。
前半戦は居眠りしていたものの後半の取り組みは全部観戦。
6時半頃病院を出る。
平成16年3月28日(日)
昨日同様二人でNTへ。出がけに注意散漫だったのか門扉に車を擦る。
修理は後のことだろう。この車の走行距離9700キロは全て病院の往復である。
KKと針尾クリニック、そしてNT。
親父、昨日よりは少々ましか。おしっこの色も普通に戻っている。薬のせいだったかも知れない。
あいかわらず居眠りが多い。昨日のこともあり、不安だ。
なんとか、難局をクリアして生きのびてほしい。
それでも文字盤をたびたび要求。尻が痛い。背中が痛い。枕の高さを直せ。など注文を付ける。
昨日手の爪を切ったが、今日は脚の爪切りと髪の毛の洗浄(洗浄液で)、
顔を温タオルで拭いて出来る範囲だけひげを剃る。鼻毛の処理、眉毛の処理も。
3時より大相撲を見る。千秋楽。3時半、帰ってもいいというので帰宅する。
平成16年3月30日(火)曇りのち雨
会社を早抜けしてNT病院へ。4時到着。
先週土曜日に渡されたインフォームドコンセント専用紙記載事項について
疑問点を質問するためにアポをとる。
この用紙は3月18日記載のもので、それが27日になって渡されている。
内容は敗血症についてで、原因を大腸癌としている。
内視鏡検査をやらないのは家族の要望とある。この点を明確にしたかった。
NTが近づくたびに心臓がドキドキする。敗血症でいまにも危ないのじゃないかと不安。
親父はやはり疲れた感じで横たわっており、眠っていることが多い。
しかし、めくったカレンダーの南アルプスの山のことや、家の状況などを話すと耳を傾けていた。文字盤も要求、頭の位置と枕をなおさせる。耳がつぶれていることも指摘。
西条医師との面談。敗血症は抗生物質で治まり25日以降中止しているとのこと。
原因はやはり消化管からの感染と思われ、大腸菌が検出された。
以前は緑膿菌が検出されており肺からの感染も考えられる。尿路感染も可能性としては高い。
体力低下から病原菌の侵入をすぐに許してしまうようだ。結果敗血症へ発展してしまう事になる。脚の傷は単純な褥そうではなく、やはり感染症と思われるが敗血症の原因ではなさそう。
ようは大腸癌の検査をせずに見過ごしたと言われたくないためにインフォームドコンセント専用紙に書いたとのこと。了解する。
6時半。眠って起きない親父にまた来ると告げて帰る。
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